第4回結果 / 第3回結果 / 第2回結果 / 第1回結果

第 4 回 『 帰 還 」

◆崩壊

 フロアの南端。用意されたバリケードによって人型妖魔が締め出され、大鎌を持った妖魔の刃もどういうわけか黒部 龍美には当たらない。遮るもの全てが消えた龍美は鍵穴へ駆け寄り、『鍵』を起動する。

 瞬間、その世界にいる者皆が異変を感じた。

 世界が停止する。感覚が消え、世界は灰に。感じるのは二度目のゲームアウト・エフェクト。真っ白い光に包まれた視界は、ゆっくりと暗転し、最後には完全な闇に落ちる。

 葛木 柚香が求めた、この世界の解。仮想のモイラという世界が何を目的にしているのかは、その世界の中では見つけられなかった。代わりに、世界を維持する4本の柱を見つけた。

 ゲームインから一定の時間、世界を維持する柱
 『鍵』が一度使用されるまで、世界を維持する柱。
 誰かが世界と侵入不可地域を繋ぎ合わせるまで、世界を維持する柱。
 他の柱が全て消えた上で『鍵』を使用されるまで、世界を維持する柱。

 その全てが消えた。仮想のモイラという世界は消え、そこに現実世界が戻ってくる。

 重力を感じた。

 背中が何かに押し付けられている。周囲を包み込む暗闇が徐々に薄れ、小さな橙色の明かりが灯る。その光量はゆっくりと上がっていき、ついには。

 開かれたポッド。白い照明が差し込み、少し慣らされたとはいえ長く暗闇に包まれていた体を容赦なく貫く。次いで、降り注ぐ拍手の音。ポッドの中のシートに座っている参加者達は全員、ポッドが閉められるまでと全く同じ姿・状態で座っていた。

 ・ ・ ・

 疑いは晴れない。龍美など『鍵』を使用して騙された者も、岸田 一弘のようにフロア融合後に事情を聞いた者も、皆スタッフを疑っていた。それに気付いているらしいスタッフも、どんな間合いでどう切り出せばいいか考えあぐねているように見える。

 そこに、客席から上ってくる人物がいた。東原 奈緒だった。

「…私のことも信じられないかもしれないけど、ここは元の世界よ。ゲームの中で死んだ参加者は、皆すぐにゲームアウトして、客席に誘導されたわ」

「今回の事態ですが、観客の皆様にはゲームの開始直後に、どういうことがこれから起きるのかということについて種明かしをしていました。ゲームオーバーになったプレイヤーの方にも、説明はその都度行っていました」

 奈緒の言葉を取っ掛かりに、スタッフが事情を説明し始める。

 スタッフが言うには、今日行われた仮想のモイラエキシビションは『偽物』なのだという。

「いや、偽というのには少し語弊がありますかね。皆さんがエキシビションの参加者に決定した後に送付された、マニュアルの内容を覚えていらっしゃいますか? あれには、3日間のイベントのスケジュールが書かれていました」

「確か、1日目がこのエキシビション、2日目が記者会見と機材点検、3日目が各種業界の企業との商談」

「そうです、雅彦くん。ですが実は…その日程だけが、偽のものでした。本当は、今日この日が各業界の方々へのお披露目の日だったんです。全く何の予備知識も情報も無い状態でゲーム内でのハプニングに対応してもらって、そこで今まで一度もあったことのない人達とすぐに『仲間』になれるのか。ハプニングで混乱が起きても、その時の参加者の行動全てに仮想のモイラは対応出来るのか。それがこのエキシビションの」

「もう少し、踏み込んだ説明をしたらどうかね?」

 スタッフがバグを装ったエキシビションを行った目的を話し終えようとしたところに、しわがれた声が飛び込んできた。その声の主である雅彦の祖父、西園寺 幸三はステージの袖から杖を突きながら歩いてくると、スタッフと参加者達に向けて続ける。

「初日のエキシビションは、主に軍事関連会社へのアピールじゃ。現実に酷似した世界の中で、新兵を突然窮地に追い込む。それによって卓越した行動力と判断力を養わせる、そうした訓練のための装置としてVCA−Pを売り込んどる。
 だから君らに配られたスケジュールには口外無用とあるんじゃ。表向きは野次馬対策と謳ってはおるがね。マスコミや本当のエキシビション参加者向けには別のスケジュールが行っていて、ゲームとしての仮想のモイラは、3日目に別の参加者を募ってのエキシビションが計画されておる」


「今日のエキシビションの目的がどうとか、そんなのは関係無いよ。こんなことを抜き打ちでやるってことが一番の問題だ。あたしらはエキシビションに参加して、そのレビューを書くことが決まってるんだ。そこで何を書かれたって、あんた達は文句言えないよ」

 幸三の言葉を聞いてから、龍美がスタッフに言う。ゲーム雑誌でのレビューや参加者のブログなどから不評や文句が広まれば、莫大な費用を投じて開発された仮想のモイラは大失敗の道を歩む可能性が非常に高い。が、しかし。

「それは、確かにその通りなんだけど…VCA社は最悪ゲームの業界で潰されたとしても、これからは軍事関連の産業で稼いでいけるわ。VCA社は困らないのよ」

 奈緒の話すことは厳然たる事実であって。日本国内から追い出されたとしても、市場は地球上いたるところにある。

「しかしそうは言っても、私達は、受け入れられるのならば、VCA−Pはともかくとして、仮想のモイラを普通のゲームとして、世に送り出したいと考えています。事前に何の説明もせずにあのような事件を起こしたことについては、心よりお詫び申し上げます」

 場を締め括るように、スタッフはそう言って、皆で深く頭を下げた。


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第 3 回 『 虚 偽 』

◆起動

 各々の準備が整うと、黒部 龍美が鉄球妖魔の動きを見極めつつ走り、妖魔の足元に落ちている『鍵』を拾い上げる。バリケードの向こうに待機しているロベルト・フィノスを直近の敵と認識していた妖魔は、瞬時にターゲットを龍美にスイッチして鉄球を振り回し始めるが、その時にはもう龍美は脱出のためにステップを踏んでいる。結果、大きく体勢を崩しつつも仲間達の下へ生還し、急ぎ体勢を立て直すと同時に、1階へ向け全力でダッシュする。

 連絡通路をひた走る皆。せめてもの妨害に使えないかと蒲田 幸太郎が、林 葛葉の配ったパンのビニール包装や不要な上着などを床に敷き、足を滑らせるトラップとしたが、妖魔の巨大な足とデカい重量のせいで効果は発揮せず、距離は広がらない。依然、背後から破壊音が迫る。

 視界が開ける。連絡通路を抜け、全体の進路は右へ。階段はもうすぐそこだ。

 そんな時。

「う、うわあああぁぁぁっっ!!」

 放送室の方面から飛び出してきた妖魔が、一行を襲う。4つ足の妖魔は全身で一人に圧し掛かると、巨大でグロテスクな尻尾で顔面を押さえつけると、右の前足に持つ刃物のようなもので首を切断。赤い飛沫が散る。

「皆、早く階段を下りるんだ!」

 階段の前で立ち止まると、八木 董真は一人、一人と誘導し先に下りさせる。全員が下り切ったところで彼も転がるように階段を下り、また走ろうとして。

「ちょっと待った」

 龍美が立ち止まる。合わせて、皆も立ち止まる。何事かと問う声に、気付いたのは別の人物。

「下りて来ない?」

 伝法寺 彰の呟き。ずっと自分達を追ってきた鉄球妖魔も、先の新型妖魔も、階段を下りて来ない。八木に「妖魔は階を超えた移動をしないのか」という問いも発せられたが、しかし「そんなことは無いはず」という答え。

 ともかくも、この場で議論している意味は無く、結果としてこちらに有利ならそれで問題は無いだろう。その結論に達して、一行は目的地を再度目指す。

 ・ ・ ・

 出入り口に到着した『鍵』所持の一行を迎えたのは、東原 奈緒と西園寺 雅彦、彼率いる妖魔対策隊、そして皆が集めた脱出を希望する生存者達。

「残念ながら、これで全員じゃないのよ。バグ環境下で『鍵』は信用出来ないって人とか、『鍵』を使えばクリアになるならどこにいても助かるから、もう少しこの世界で遊びたいって人とか」
「似たような考えで図書室に残った奴らもいた。『鍵』が信用出来ないってのは同意するけどね」

 奈緒の連絡に、龍美は腕を組んで答えて。まあとにかく。

「『鍵』を使おう。もうちょっと頑張ることになるのか、やっとスタッフをぶん殴れるのか。どうするかは使ってみてから考えよう」

 龍美が彼女にだけ見えている光る鍵穴に『鍵』を差し込む。周囲の者達には、『鍵』が中空に消えていくように見えて。

 『鍵』を、右に回す。


◆生還

 身体の自由が利かなくなり、触覚、味覚、嗅覚、聴覚が失われていく。世界は色を失って灰色の一面となり、線が一本一本消え、世界が消えていく。残るのは真っ白い空間。白い光。

 視覚が残っているのかどうかあやふやな中、自分の意識がふわり宙に浮いているような錯覚。ここまで来て状況を皆把握し始めた。これはゲームアウト・エフェクト。ゲームの起動時とは正反対の順番で世界が回り、ゲームは終了していく。

 急に感覚が戻り、たまらず膝をつく。皆突然の変化に対応出来ず体制を崩したところに、万雷の拍手が鳴り響く。皆を、スタッフが大丈夫ですかと抱え起こし。

 参加者達の目に映ったのは、エキシビションが行われた会場。客席には多くの人がいて、自分達に拍手をしている。見覚えのある会場に、自分達は帰って来たのだと理解して。

 数名が、スタッフに掴み掛かる。内部でバグが起き悲惨な状況になっていたというのに、笑顔や拍手どころの話なのかと。

 だが、スタッフはその怒りを予期していたように、自分達に詰め寄る者達を止め、宥めた。「これは、実はそういうリアルなゲームだった」「臨場感を伝えるためのエキシビション。この反応が貰える出来を目指していた」と。先に倒れた面々は、客席に移って観戦していたという。

 それでも「そういうレベルの話じゃないでしょう!」と怒りの収まらぬ奈緒がスタッフに詰め寄るのを、スタッフは一先ず抑えておいて。龍美が、落ち着いた様子でスタッフに尋ねる。

「今アウト出来なかった連中は、まだゲームの中なのかい?」
「大丈夫、彼らもゲームを終了しているよ。今はまだ『『鍵』が他の人に使われてしまったので、貴方は負けました』というテロップを見ている。それを見終わったら、君達と同様に目覚める」

 その言葉に、一応のところ全員が無事にゲームを終えられると一同が安堵したところで、龍美が「もう一つ聞きたいんだけどさ」と重ねる質問。

 ・ ・ ・

 ゲームアウトからほんの数分だけ、時間を遡る。

 『鍵』が決定的な解決法にならない可能性を想定していた葛木 柚香は、コンピュータ室にてこれまでの情報をまとめたものを作成し、プリントアウト。同時に、妖魔のことをゲーム内ウェブで調べてみる。そして、簡単に入手出来た妖魔のデータ。そこにあったデータは、恐ろしい事態を予期させるもので。

 皆にその情報を伝えるために部屋を出ようとした柚香は、しかし、仲間の下へは戻れなかった。部屋の出口、すぐ目の前には四足の新型妖魔が鎮座していたのだ。入室時に見つかり、部屋のすぐ目の前に導いてしまったのだろう。自力での脱出は望めない。

 少しして、『鍵』を入手した龍美らが1階を目指し駆けて行く音が通り過ぎると、部屋の前の妖魔の足音の他に、扉や壁を叩く音が追加された。龍美らを追っていた2体の鉄球妖魔が、最も近い敵として柚香を認識したのだろう。脱出はさらに絶望的になった。

 どうにかして無事に脱出し、得た情報を伝えなければならない。そう思うが、どうしようもない。

 と、不意に外が静かになった。鉄球が壁を叩く音も、足音も聞こえなくなった。図書室のバリケードにかかりっきりになっていた妖魔の姿を考えると、諦めたとは考えられない。とすると、誰かが妖魔を誘導してくれたのだろうか。

 警戒しつつ、ゆっくりと扉を開ける。すると、そこには見覚えのある服装の人間が2人。

「『鍵』が使用されゲームがクリアされましたから、一度メインホールまで戻ってください」

 VCAのゲームスタッフだった。


◆虚構

 手近にあった椅子を放ってぶつけ、柚香はスタッフから走って逃げる。その後を、遅れて「待ちなさい!」とスタッフが追う。

 プリントアウトした妖魔のデータの中にあった記述。それは、人間の姿をした妖魔がいるということ。そしてその姿は大別して2種類。ゲームスタッフの姿と、ゲームルーラーの姿。もう一度その手にあるものを確認しても分かる。ゲームクリアとかそんなのはまやかしだ。クリアして現実に戻ったなら、ゲーム内でプリントアウトした紙が、今も手元にあるはずは無い。それに。

 突然、すぐ近くの部屋で騒ぎが起きた。

 ・ ・ ・

「もう一つ聞きたいんだけどさ。これ何?」

 龍美がスタッフに掲げて見せるのは、まだその手に持っている『鍵』。使い終わったそれが手元に残っていて。……いや、その前に。

「これさ。ゲーム内のアイテムなんだよ。しかもさ、あたしらが最初に乗せられてたゲームポッドはどこ行ったんだ?」

 誰もが疑問に思わなかった。今自分達が感じている世界の感覚は、現実の感覚だと。そして、スタッフへの怒りはあれどあの世界から生還した安心感に、自分達の周囲のちょっとした違和感に気付かなかった。皆が今もそれぞれに持っている、ゲーム内で入手した道具の数々。

 龍美は、単純な疑問としてでなく、完全な疑惑と警戒の証として、スタッフにその問いをぶつけた。スタッフは、表情を止めたまま、一時の沈黙。

 次の瞬間、スタッフ達の様相が一変した。肌の色が変色し、膨張した身体は衣服を破り、巨大になった眼球がぎょろりと蠢く。その変化はスタッフだけでなく、客席に座っていた全員にも同様に起こった。

 咄嗟に距離をとる龍美達。そこに飛び込んでくる柚香。スタッフはスタッフの姿をした妖魔であること、そして、八木もまた、その一人であることを告げ。

 皆がこれまで同行していた八木を振り返ると、そこには妖魔が1体、獲物を捕らえようとこちらに近づいてきていた。


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第 2 回 『 希 望 』

◆成功

「陽動班は準備いいか? 仕事忘れるなよ。隠密班は各自イメトレ。全員終わったらそこでスタート」

 不在の東原 奈緒に代わって黒部 龍美が指示を飛ばし、皆がそれぞれに準備を進める。図書室へ情報を伝えるため、緑の鉄球妖魔2体を突破する。最も近くにいる人間を徹底的に追いかけ続ける設定を持つこの妖魔を相手に取る作戦は、陽動班が可能なだけ階段から引き剥がしてロープなどでその動きを阻害、その隙に隠密班が階段へ走りバリケードを突破、情報を伝えるというもの。隠密班が近くを通れば、妖魔は陽動班から隠密班へターゲットを切り替えるはずなので、そこで陽動班は急ぎ後退する。

 作戦はすぐに開始された。陽動班がジリジリと近づき、隠密班もそれに合わせてゆっくりと階段との距離を詰める。と。

「…っ、早いな意外と!」

 鉄球妖魔の視線が隠密班へ向いた。3階の参加者からこちらへ視線が向くことすらもう少し先だと思っていた図書室特攻隊は、急ぎ作戦通りの行動に移る。陽動班は展開し妖魔にロープを引っ掛けようとしたり、所持している投擲物をぶつけたり。隠密班は隠れるのを止め、それぞれ自身の現在位置や運動能力、ビビリ度合いなどを参考データに走り出す。

 状況は至極悪かった。ロープを引っ掛けに行った男は妖魔の巨大な拳に粉砕され、金属塊を投げつけた成宮 東二は鉄球を投げ返され半身を吹き飛ばされる。2体のうち図書室寄りにいる方の射程に入ってしまった隠密班の女も、例に漏れず床のシミとなる。これだけの犠牲を払っても、しかし、妖魔の動きはほとんど鈍らない。

 瞬間。皆の視界の一部が白く覆われた。隠密班の一人が所持していた消火器が噴霧され、視界を閉ざしたのだ。だがそれによって妖魔の動きが止まることはなく、敵が見えないなら誰でもいいと、妖魔は無差別にその鉄球を振り回し始める。壁や床がへこみ、人が吹き飛び、体液が舞う。今回の発端となった事件を髣髴とさせるような虐殺。

 その消火器の煙が晴れ始め、次第に視界がはっきりしていく中。いわゆるマジックアイテムが作動した。妖魔の動きをごく短時間だけ停止させる『ストッパー』。妖魔の鉄球に押し潰されそうになっていた男はその隙にバリケードの隙間に身を滑らせ、鉄球を回避する。

「皆、もう充分だ! 逃げるぞ!!」

 作戦の成功を知った杜郷 蒼顕がそう叫ぶと、生き残った者達は皆急ぎその場から離れる。鉄球妖魔は途中までは追って来たものの、すぐに踵を返し、またバリケードを殴り始めた。

 あとは、『鍵』が図書室にあったかどうか、その合図が来るまで待機だ。


◆事件

 妖魔は出来るだけ倒してはいけないこと。『鍵』が図書室かアスレチックルームにあること。そういった八木から得た情報を生存者全員で共有できるよう、奈緒はロッカーへ伝言を書き置きに来ていた。ここまで来る途中の壁には、ロッカーに伝言があることについて書いてきた。

 それをちょうど書き終わった時、ちょうど、それまで遠くから聞こえていた音(デカい妖魔の足音と思われる)が急激に近づいてきた。急ぎ逃げなければと走り出す奈緒だが、向かってきた妖魔を見て、一瞬、足が止まった。

 向かってきた妖魔は、図書室への階段前にいた妖魔の赤いバージョン。2階の奴より多少動きがドンくさい。いや、見るべきはそこではなく。その妖魔は全身に太いロープを何本も巻きつけられ、全身から出血し、得物の鉄球すらも失っていた。そして。

「やれっ!!」

 響く声と共に、何かが妖魔の後方から投げられる。それは妖魔の背中や後頭部を直撃すると、妖魔は一度だけ吠えて、倒れた。倒れた妖魔の体は二度と動き出すことはなく、そしてやはり消滅しない。

「無事ですか?」

 奈緒に声をかけたのは、西園寺 雅彦。奈緒が一番情報を伝えなければと思っていた、妖魔討伐隊の長。妖魔を倒し喜び勇む討伐隊のメンバー。彼らとは少し離れたところで、奈緒は雅彦に伝えようとしていた情報を話す。

「ふむ……ならば、方針転換をしなければならないな…妖魔は、倒すにしても不可欠な時に、最低限」
「西園寺さん! あれを!!」

 突然の声。その主は怪我人の治療をしていた嘉手納 雪美という女性で、その向こうには見慣れぬ、新たな妖魔と思われるものがいた。討伐隊のメンバーは一度体勢を立て直すために、まずは足止めと手近にある瓦礫などを投げつける。が。投げた物は全て妖魔の体をすり抜ける。そして、それに驚愕しているうちに、妖魔が手に持つ鎌が一振りされ。

「うわっ!! あ、れ?」
「  !!」
「え? わ! あ?」

 3人が同時にその首を狩られるが、しかし実際に首が飛んだのはそのうちの一人だけだった。あとの二人はただ驚かされただけで、まったく何ともない。

「とにかく、攻撃が効かないことは分かったんだ! 一度出直すぞ!」

 雅彦の号令で、討伐隊は妖魔から逃げるようにしてその場を後にした。


◆脱出

 図書室では、決して和やかムードとは言い切れないが自己紹介大会が行われていた。図書室に立て篭もっていた1人、伊達 葵が提案したそれは、食糧危機と死の恐怖の中で、襲ってくる『何もやることが無い』というストレスを少しでも解消するためのものだった。

 そこに、突然の来訪者。

「いた、図書室組……か、『鍵』が、もしかしたらここに、ある」

 酷い怪我を負った一人の男が、階段を上ってきて倒れこみ、背を壁に預けて荒く息を吐く。

「ちょ、おい、誰か救急箱持ってなかったか!? あったら出せ、無けりゃ布とか持って来い!」

 金髪ツンツンのロベルト・フィノスがその外見とは裏腹に的確に指示を出し、やって来た男、若瀬 巧の治療をしようと試みる。巧がここにこうして突撃してきて伝えた、希望の言葉。それがどういうことなのか、しっかり聞くために。

 ・ ・ ・

 巧から図書室の参加者が聞いた情報は、『鍵』の在り処について、そして八木から聞いた状況や情報、その全て。図書室の参加者達は、それを聞き終えるとすぐに『鍵』の捜索に取り掛かった。それまで不安と不満に爆発しそうだった全てのエネルギーを捜索に向け、自らの死の恐怖に耐えるために。希望に縋るために。

 そして、『鍵』は見つかった。ベランダにあった観葉植物、そのうちの一つの茎が、鍵となっていた。材質は木。色は茶色。

 『鍵』が見つかった時の合図である『赤いもの』として、ロベルトの赤いバンダナを拝借し、2階の仲間に見せる際に見易い位置まで投げられるよう小さめの本を包んで、階下へ。相変わらず妖魔が鉄球をバリケードにぶつけているが、それに構わず巧が入ってきた穴から外へ思い切りぶん投げる!


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第 1 回 『 混 乱 』


◆疑惑

 コンピュータ室の一室。伝法寺 彰はその入り口にたかっていた、翼の生えた小型の妖魔を他の参加者と共に叩き落すと、室内に追い込まれていた八木と合流した。

「私の『転移』が使えなくなっていてね。徒歩であちこち歩いていたら、あそこに追い込まれてしまった。助かったよ」
「ひとつ、聞きたいんだ。この事態は」
「その前に、ここを離れよう。妖魔は倒せば倒しただけ、新たなものが補充される。倒されたものより強力なものが。何か嫌な気配があるだろう?」

 八木によると、彼の『転移』をはじめとして、ルーラーや参加者が使用できる機能、そして緊急避難的に仮想世界内に設置された『緊急解決用キー』も使用できなくなっていたという。彼の使用できた能力とは『転移』『開錠』『緊急停止』『消去』。参加者が使用できる能力はエキシビションのゲーム設定ではそもそも使えず、『緊急解決用キー』は管理側の準備がないと使えない。

「そういう機能は使えなくなっている。だが、妖魔の補充という機能は働いている。バグにしては少々偏っているかなとは思う。だがまだ、バグか仕様か判断するには材料が足りない」
「説明書通りに光の粒子になって消える前提ならば、初めからあそこまでのグラフィックを用意する必要が無い筈だろう?」
「いや…あのグラフィックは、実は設定されたものだ。と言っても、エキシビションルールでは使わないもののはずだったが」

 血が飛び散る。肉体が弾ける。人が泣き、苦しみ、死ぬ。それは『仮想のモイラ』説明書には無かったもの。それが何故起こるのか。何故設定されているのか。

「このVCA‐Pお披露目大会は、全3日の日程で行われることを覚えているかな?」
「確か、初日が今日、このエキシビション。2日目がデモ映像と機材メンテ、記者会見。3日目が」
「各種業界との商談だ。商談相手には医療業界や軍事関連の業界も含まれている。国内外問わず」
「つまり…戦争シミュレータとして売り込むためのデータ、ということか?」
「そうだ。表現されるのはグラフィックだけで、強い痛みまではフィードバックされないはずだが…バグであれば、分からない。弱い痛みは、リアリティを出すために現実の身体に反映されているが」
「エキシビションルールに血みどろグラフィックが反映されているだけなら、まだ運営側のいたずらとも考えられると?」
「可能性としては。だが、参加者には10歳くらいの子どももいる。いたずらなどと軽い気持ちでは行えないと思うが」

 話しながら歩いていると、渡り廊下を渡り終えた。右手側奥には図書室への階段を上りたがっている妖魔が2体。八木はそれを眺めながら。

「『鍵』の在り処は、私が知っている」
「どこにあるんだ? それを使えば、ここから出られるんだよな?」
「おそらくは。『鍵』は『建物の出入り口』『コンピュータ室B』『ここ(渡り廊下)』『図書室』『トレーニングルーム』のどこかにある。私の言動で参加者に悟られないように、その中のどこかまでは知らされていないが。そのうち、『コンピュータ室B』『ここ』には無いことは分かった。あとは参加者の情報も併せて、絞り込む」


◆演説

『皆、聞こえているか? 2階東棟放送室より、西園寺 雅彦が話している。

 まず、最も新鮮な情報を伝える。西棟の1階と2階を繋ぐ階段は崩壊、使用不能になった。逃走に使おうと考えていた者は計画を改めてくれ。そして。

 ここからが本題だ。

 現在俺達が置かれている状況は、言わずとも皆分かっていると思う。説明書には載っていない事態、しかも運営側からの説明や対応は未だ無い。おそらく何らかのバグが起き、俺達はこの世界に危険な妖魔と共に閉じ込められたんだ。ゲームの強制終了などの対策も行われない以上、待っていればどうにかしてもらえるという希望も抱けない。

 そこで、皆に提案がある。この仮想世界内で安心して事態の収拾を待つことが出来るように、仮想世界内の妖魔を全て、俺達の手で排除したい。もちろん、そう簡単に出来ることではない。だが、皆の力を合わせれば何とか出来るはずだ。

 俺はこれから1階中庭に向かう。俺に賛同してくれる、協力してくれる者は集まってほしい。別に、戦う力だけを求めているわけじゃない。物資の提供、地理・情報の提供、安全な拠点の提供、怪我の治療、調理、何でも構わない。皆で集まって、役割を分担しあい、危険を排除しつつ、この世界で生き延びよう。

 それでは、放送を終了する。出来るだけ多くの協力者が、無事に中庭へ集ってくれることを祈っている。よろしく頼む。

 以上だ』


◆希望

 『鍵』は、世間一般に知られている普通の鍵の形状をしているが、しかしそのサイズは少し違い、30cm程の長さがある。その色や材質はゲームごとに違い、『鍵』が隠されている場所にカモフラージュして見つかりにくいよう変化すると、説明書にはあった。

 東原 奈緒が声を上げて結成した仮想世界調査・『鍵』探索隊。彼女らは中庭の調査からスタートし南北の出入り口から分かれて出発、1階のほぼ全てを調査済みとした。ただ唯一、施設北西部は鉄球お化けが徘徊していて近づけず、未だ手付かずだが。

 奈緒たちが調べた限りでは、1階には『鍵』は無かった。あとは2階、3階と探していけば見つかるだろうが、1階探索で死者4名、負傷者9名を出している。負傷×2で死亡と計算すれば、このペースで順当に被害が増えていけば、3階探索終了時にはマイナス3人になっている。

「だから、どうしたものかなーって思ってるのよ」
「妖魔を可能なだけ避けてその被害だからな。図書室に行くには鉄球妖魔改を2体倒さなきゃならない。無理だぞ」

 黒部 龍美はやれやれと肩を竦める。

「5,6人ずつで鉄球妖魔改を誘き出せば、何人かは図書室に行けるな」
「でもそれじゃ、陽動メンバーは間違いなく殺られるわよ。それじゃダメ」
「じゃあ玉砕か?」

 こういう状況を生き延び、解決するには、龍美の案の方が妥当なのだろう。だが、それを選択した際に犠牲になった人たちはどうなるのだろうか。無事に戻れる? それとも死んでいる?

「黒部さん、八木さんが来ましたよ。『鍵』がどこにあるか知ってるって」

 龍美がパシリのように使っている若瀬 巧の呼ぶ声に反応して龍美と奈緒が顔を上げると、そこにはこちらへ向けて歩いて来る八木の姿があった。

 ・ ・ ・

「てーことは、『出入り口』の可能性が消えるわけか」
「そうね。あとは『図書室』か『トレーニングルーム』。図書室に行くのは難易度が高いから、先にトレーニングルームを探してみればいいのかしらね」

 八木の持つ『鍵』の位置の情報と、奈緒たちが持つ『1階には無い』という情報を統合した結果、選択肢は二つに絞られた。図書室かトレーニングルーム。まずは脅威の存在しない方からあたり、残念ながらそこに無かった場合は、総力を結集して図書室に向かえばいい。

「あ、待って。さっき西園寺とかいう人が館内放送使ってたわね。図書室には何人か閉じこもっているんだから、放送で呼びかけて彼らに探してもらえば…」
「どちらも、少々難しいかもしれない」

 奈緒のひらめき、考えに、八木が意見を挟む。

「コンピュータ室前に小型の妖魔がいたんだが、それを私と彼らで倒した。仮想世界内の妖魔は、倒せば倒すほど、より強力な妖魔がその持ち場に補充されるようになっている。今はもう、東棟2階〜3階の階段や放送室の前には、新たな妖魔が配置されているだろう。初期配置の鉄球持ちより、もっと上位の奴が」
「じゃあ…」
「難易度が低いのは、おそらく図書室の方。そちらを攻略・調査後、『鍵』が見つからない場合生存している者全員でトレーニングルームに臨むのがいいだろう」
「なるほど。決まりだな」

 3者会談終了。今後の方針を皆に伝えようと、立ち上がったその時。「あ」と巧が何か思いついたように声を上げる。

「どうした?」
「倒せば倒すほど、強い妖魔が出てくる‥‥」
「そうだ。一応数に限度はあるが、最終レベルのものはどうやっても倒せないように設定されている」
「さっきの放送」
「…クソ忙しいのに、面倒臭ぇな」


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